ラプソディア・ジャポニカ  金融黙示録2011

IMG_1343.JPG だら下がりの価値、株、債権、土地、外債、自然資源、紙幣すべての価値がさがった。2011年の正月はそれでも明けていた。年々歳々花相似たり、年々歳々人同じからず。節は確実にすぎてゆく。人々は明日にかけて働く手をゆるめてはいない。ゆるめる余裕などからっきしないのだ。

 日本列島だけが暗雲にいたのではない。2010年上海万博で景気の抑揚を狙った中国でさえ成長の波は衰え、中国各地で農民の中央政府への不満がくすぶっていた。GM、クライスラー、フォードが合併されてアメリカの自動車業界は中国がその株式の30%を買収して中国の会社となった。環境を旗頭に莫大な公共事業を開始した民主党オバマ政権は米国が常に世界を引っ張ってきた自動車会社を中国に身売りしてでも米国の負担を軽くしたかったのだ。

 米国が銀行、保険、自動車、鉄鋼などの基幹産業の救済に投資した金額はもう200兆円を超えていた。FRBの準備金はもう底がみえている。米国債は金利がほとんどない状態まで増刷されたが、日本、中国、中東オイルマネーで買い支えていた。それにももう限界が見えていた。

 2008年以降の米国金融各社の再編を再度見ておかなくてはならない。2009年ついに世界にその活動拠点を有していたシテイバンクはずたずたに分解されてさまざまな同業各社に身売りされていた。AIGは中国がその株式の大半を所有し、日本の三菱東京がモルガンスタンレーを掌握し、リーマンを野村がアジアと欧州の営業体制を引き継いだ。欧州の金融はもっと複雑に組成されていた。米国金融かつむぎだした金融工学は規制されてその姿も残っていない。金融工学自体が否定されていた。

 レバレッジが幻想をばらまき幻想が失墜して、実体が信用失墜に見舞われていた。担保住宅の価額が成立できず、金融各社が倒産し、その波で自動車がうれず、鉄鋼がなりゆかず、自動車部品からITにまで不況が押し寄せた。人々は今日一日の安心を得るために切り詰めた生活を強いられた。忘れてはいけない。1929年の大恐慌から6,7年で世界は戦争への道が待っていたことを。戦争は景気を取り戻す最大の公共事業だからだ。

 2011年欧州、アジア、米国の各地域が次第に保護主義の色を濃くしていった。とりわけ、米国と中国とがさまざまな局面でぶつかりはじめていた。米国は日本に仲裁役割をもとめたが、政権をとってまもない日本の民主党にその役割は重かった。田中真紀子がその任に当たったがもう無理だった。中国と米国はアジアの覇権をめぐって衝突していた。米中戦争が危惧された。一昔前のケネディ時代の米国、ソ連時代を思い起こされた。

 韓国と日本が中国の前線として米国軍備が拡張され、原子力空母と原潜が配備されて有事に備えられた。日本はマジノ線あやかりジャパノ線となって中国からの攻撃の前線となったのだ。そのための米国軍事予算の大方が日本に投与された。空港の多くが拡充されて、米国が小型飛行機を売るために建設された不必要と批判された地方空港が軍事目的に整備された。すなわち日本のどこからでも中国に出撃できることになったのだ。

 いまや日本と韓国は米中戦争の身代わり戦場の危険地域となった。世論は中国憎しのプロパガンダが増えていた。もともと日本には中国や中国人に対してあまり良いと思っていなかったのだが、それに報道導火線に火がついていた。危機が迫っていた。米国は常に本国を戦場にはしない国家であることを忘れてはけない。

 

 

 

ラプソディア・ジャポニカ  地獄の黙示録2011

 だら下がりの価値、株、債権、土地、外債、自然資源、紙幣すべての価値がさがった。2011年の正月はそれでも明けていた。年々歳々花相似たり、年々歳々人同じからず。節は確実にすぎてゆく。人々は明日にかけて働く手をゆるめてはいない。ゆるめる余裕などからっきしないのだ。

 日本列島だけが暗雲にいたのではない。2010年上海万博で景気の抑揚を狙った中国でさえ成長の波は衰え、中国各地で農民の中央政府への不満がくすぶっていた。GM、クライスラー、フォードが合併されてアメリカの自動車業界は中国がその株式の30%を買収して中国の会社となった。環境を旗頭に莫大な公共事業を開始した民主党オバマ政権は米国が常に世界を引っ張ってきた自動車会社を中国に身売りしてでも米国の負担を軽くしたかったのだ。

 米国が銀行、保険、自動車、鉄鋼などの基幹産業の救済に投資した金額はもう200兆円を超えていた。FRBの準備金はもう底がみえている。米国債は金利がほとんどない状態まで増刷されたが、日本、中国、中東オイルマネーで買い支えていた。それにももう限界が見えていた。

 2008年以降の米国金融各社の動向を再度見ておかなくては成らない。2009年ついに世界にその活動拠点を有していたシテイバンクはずたずたに分解されてさまざまな同業各社に身売りされていた。AIGは中国がその株式の大半を所有し、日本の三菱東京がモルガンスタンレーを掌握し、リーマンを野村がアジアと欧州の営業体制を引き継いだ。欧州の金融はもっと複雑に組成されていた。米国金融かつむぎだした金融工学自

ラプソディ・ジャポニカ  そして恐れていたものが

 2010年中国の万博が終了した11月の末、激震が世界を襲った。オバマ大統領が襲われた。狙撃銃での暗殺の銃撃がオバマ大統領の左胸部を貫通した。シカゴでの演説
の最中、黒人の狙撃にあったのだ。

 大統領はそれでも急所の狙撃だけは避けることができた。その場で倒れた大統領は病院に運ばれたが重症だった。黒人の大統領を黒人が狙撃したという事実は重かった。連日マスコミが跡を追ったが、狙撃した黒人は何も語らずに居た。

 公民権運動を推進したものはみな凶刃に倒れた。ケネディがキングが暗殺された。オバマ大統領は就任時に「イエス ウイ キャン」と問うた。キング牧師は「ウイ ハブ ア ドリーム」 ケネディは法案で黒人の権利を示した。

 しかし米国には未だ黒人に対する蔑視が残って消えていない。皮膚の色で人間の質が判断できるものではないことはどんな人でもわかる筈だ。判らないのは、わかろうとしないからだ。

 それでもオバマ大統領は一命を取り留めた。バイデン副大統領を大統領にすべきかどうか米国議会のテーマとなったが、車椅子にのってオバマ大統領がホワイトハウスに現れたときの米国民の熱狂は素晴らしかった。米国が初めてまとまった。2010年の暮れが迫っていた。

 オバマが主張した国民皆保険制度の導入と50兆円を超える財政投資が次第に目に見える形となっていった。

 2011年が明けた。2008年のサブプライムから4年目となる。月日が過ぎ行くのは節に早い。暗澹たるこの4年で痛いほど皆が金融工学の恐ろしさに懲りていた。価値という価値が暴落した。株が、債権が、為替が、不動産が軒並み地獄におちたように下がっていた。

 しかし人間は素晴らしいものだ。掃き溜めの栄養を得てインゲン豆がめをだすように、底の底には明日の芽が約束されていた。

ラプソディ・ジャポニカ <甘い楽観>

 経済は残酷なまでのリアリズムである。米国金融信用収縮は実体経済に波及し、自動車産業を呑み込み過酷な経済状況を呈してきた。日本に住む団塊の世代は未だにそのうちどうにかなるとの甘い認識がどこかにある。それがこの世代の特徴的甘さなのである。

 しかし今回はだめである。米国の信用収縮はぬきさしならないところまできてしまった。2009年は経済成長マイナスの年となった。失業が街を襲い、消費は地に落ちてしまった。ここまで落ちてまだ底が見えない。底が見えないのはPA世代の経済楽観主義のせいである。一億が総悲観のなかにいたらなければ大底はない。中途半端な悲観がPA世代に残っていた。

 2009年は日経平均は昭和50年代の5000円まで下がってしまった。なかでも2005年から上がり始めていたゴルフ場の会員権相場も記録的に下落しあの小金井CCは1500万円までさがった。2007年には一億までに値をもどしていたのにである。それよりゴルフ場に客がいなくなった。各ゴルフ場は集客のためにプレー代を劇的に下げたが効き目がなかった。

 そして2010年の正月を迎えた。正月3が日には異常などか雪が関東地方に降った。首都圏は雪で交通が麻痺したが人々はこれ幸いに寝正月を決め込んだ。正月のテレビ番組は依然として吉本や芸質の低いバライテーで覆われていた。

 2010年初頭の1月4日、大發会の日経平均は5200円、ドルは80円、ユーロ100円暗澹たる2010年の初頭だった。

 それでも中国上海での万博が5月に控えていた。上海万博のテーマは「Better City
Better Life」予算規模30億ドルもの大型万博であった。上海,黄浦江に幅600メートル 高さ200メートルの橋が完成、花橋となずけられていた。案では4億3000万人が万博見学に訪れるとしていた中国政府も2010年初頭には1億人と訂正していた。万博は11月まで開催されてそれでも無事に終了した。中国は莫大な公共投資と万博の強行でやっと8%台の経済成長を維持させてきた。8%が都市と農村の格差を暴動に発展させない最低の経済成長率だった。

 


 

Profile

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団塊太
昭和21年(1946年)生まれ
埼玉県出身

国際基督教大学卒 67年フランス・ストラスブルグ大学留学。
68〜69年フランスからシルクロードを経てインド・カルカッタまで約三万キロを車で踏破。
70年電通入社。
79年同社パリ支局創設
87年までパリ駐在。
87年帰国

本社映像部長を経て退社後現在陶芸家として活動。数々の個展開催。
2004年富士の麓裾野市に[松風陶芸窯]を築窯。富士焼創始。
2007年自主書籍シリーズ「団塊文庫」発刊。
陶芸落款/松風 本名/松井喜一

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